*----* *----* *----* お 知 ら せ *----* *----* *----*

2010年1月6日の京都新聞夕刊に掲載されました。
「非言語」の技共演

2010年1月26日の朝日新聞夕刊に掲載されました。
一流の芸、言葉無用 外国人も楽しむ大阪に

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ダブルペンデュラム
2010年02月09日 (火) | 編集 |
『バトンは筋肉ではなく、知性で回せ!』
とか名言っぽいことをたまにのたまう男、佐々木です。

最近真面目なことばかり書いていたのでしょうもないことに飢えておりまして。
とネットを徘徊していました。

上の迷言を証明する(かもしれない)動画を発見しました。
全然しょうもなくないし。
迷言の中身は、最初に回し始めた勢いだけでバトンはまわり続けるんですよっと。
だからトワラーにはむっきむきな人が少ない。

バトン(230g)より重たいものを持つと急に無口になります。
ていうか最近バトンすら重たい。
お肌の潤い不足の次に悩んでおります…
そんなお悩みカミングアウトはおいといて。


高性能二重振り子


物理学では有名な現象のようです。
知らなかった…(恥)

振り子の土台が胴体、上部が腕全体、下部がバトンとしてほぼ再現できそうです。
ちょっとアイデア思いついちゃった♪
tosswi(仮)
2010年02月01日 (月) | 編集 |
ダメージが癒えました。
次に向かう準備が整いました。
何となく書いてみようという気になりました。

ギア(仮)が千秋楽を迎えて一週間。
おそらく人生で一番追い込まれました。
精神的に(笑)

できていないとわかる私が、私を壊しにかかります。
条件は最悪でした。
それを言い訳にする自分との戦い。

条件は最高でした。
自分を追い込んで、鍛えて、新しい技術を身に付ける最高の環境。

フリーランスになってから時間をかけて環境を改善してきました。
自分の力を発揮しやすい環境を作ることも大切なことです。
それに慣れていたのかもしれません。
もともと私は与えられた環境に適応することが得意でした。
それを思い出す作業はかなりの苦痛を伴いました。
ありがたい。
油断した私のままでは乗り越えられない大きな壁。

乗り越えました。
挫けながら。
潰れながら。
半ばやけになりながら。

出来上がった作品の完成度は低いです。
しかし、可能性を見せるという一番の目的には近いと思います。

演出家のウォーリーさんとの話のなかで見落としていたことがありました。
今回の舞台は全てのアイデアが出演者発信だったこと。
それに徹したそうです。
意図的に客観性を排除した舞台。
そうとは知らない私はそれが不満でした。
杞憂。

作品が完成するのは、『ギア(仮)』から『ギア』になるとき。
『tosswi(仮)』から『tosswi』へ。
新聞掲載のご案内
2010年01月26日 (火) | 編集 |
本日(1/26)付け朝日新聞夕刊にギア(仮)掲載記事が載ります。
この二ヶ月間の過酷な日々をご覧ください( ´ ▽ ` )ノ
1/11現在の私より
2010年01月11日 (月) | 編集 |
2010がはじまり早10日が過ぎましたが皆様いかがお過ごしでしょうか。
正月をまたいで仕事が進行すると、体は休んでいても脳が休もうとはしないようです。
特に今回は。

『ギア(仮)』も残り二週間を切りました。
とことんまでアイデアを出し尽くし、形にし、無くなったもの。
まだ輪郭しか見えなくて、でもアイデアの光だけが眩しくて、、そんなシーン。

二分半に費やした一年と今の状況は異なります。
それでも求められるクオリティは同じという過酷な現場ですが、体内で細胞が次々と生み出されていくような感覚があります。

物と人が融合したり、依存したり、否定したり、支え合ったり、不思議なそして見たことのないような舞台。
二週間後の私はいまの私とは違う人かもしれません。
是非お確かめあれ☆

明けまして!寒中見舞い申し上げます。
オパフェノンバーバルパフォーマンス『ギア(仮)』の軌跡 2009
2009年12月31日 (木) | 編集 |
例えるなら独立してからいままでが自転、そして今年の最後に公転をはじめました。
いままでは主に自己責任。
これからは異なる責任が生じてきます。

2010年1月22日〜24日 文化庁 地域文化芸術振興プラン推進事業
オパフェ!スペシャル公演 『ギア(仮)』

がはじまり私とバトンとの関係が変わりはじめました。
ツイッターをはじめたことでリアルタイムに記録を残せるようになりました。
それを踏まえてこの一ヶ月を振り返ってみたいと思います。